新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による感染症(COVID-19)について、連日メディアでさまざまな報道が続いています。
そこで不確かな情報に振り回されることなく、「正しく恐れる」ことが大切になってきます。
しかし「情報が多すぎて何が正しいのかわからない」という意見が多いのも事実です。
そこで、新型コロナウイルスはどこまでわかっているのかをお届けいたします。
新型コロナウイルスは、“何もわかっていない”ウイルスではない
「未知の新型ウイルス」ということで恐れる気持ちが強くなりがちです。
ウイルスの実態がほとんどわかっていないような印象があるのかもしれませんが、実はそうではありません。
新型コロナウイルスが持つすべての遺伝子の塩基配列は解明され、公開されています。
また、すべてのウイルスは基本的に「核酸(DNAまたはRNA)」と「タンパク質」から構成されますが、そのタンパク質の構造や機能もすでに予測され、一部は解明されています。
新型コロナウイルスの表面には、「スパイクタンパク質」という突起状に出ているタンパク質がありますが、それと結合する細胞側の分子のこともわかっています。
スパイクタンパク質の構造から、肺の奥にある「肺胞」の細胞に感染しやすいという予測の通り、肺胞や血管に分布している分子と結合しやすいことが示されています。
また、スパイクタンパク質の立体構造を電子顕微鏡で観察したデータも公表されていて、「SARSコロナウイルスと比べ、より人の細胞と結合しやすそうであること」、「SARSコロナウイルスに対して以前に作られた多くの抗体は反応しないこと」が明らかになっています。
人に感染するコロナウイルスは、今回の新型コロナウイルスを含めて7種類が知られています。
そのうち4種類は普通の風邪の原因となるウイルスで、これらに感染しても多くが鼻風邪程度の軽症でおさまります。
風邪の大半はいくつもの種類のウイルスが原因ですが、そのうちコロナウイルスが占める割合は15%程度とされています。
ヒトコロナウイルスの残り3種類は、SARSコロナウイルスとMERSコロナウイルス、そして今回の新型コロナウイルスです。
コロナウイルスが細胞内で増える仕組みはすでに解明されていて、新型コロナウイルスも基本的には同じだと考えられています。
あわせて、SARSコロナウイルスやMERSコロナウイルスの感染力を失わせる方法について、大部分のデータをそのまま活用できることもわかっています。
人々の混乱を招く「エアロゾル感染」という言葉
新型コロナウイルスの感染経路について、飛沫感染と接触感染に加え、エアロゾル感染の可能性を指摘する声も出ましたが、実際はどうなのでしょうか?
空気感染といっても、空気中にウイルスの粒子がそのまま漂っているわけではありません。
私たちの体のすべての細胞は体液に取り囲まれていますし、もし細胞が直接空気に触れたら壊れてしまいます。
感染者の飛沫として体内に入ったウイルス粒子は、細胞の周りにある体液に溶け込みます。
その後、細胞の表面に吸着して、細胞の中へと侵入していきます。
ウイルスは自分で増殖できず、このように細胞に侵入して自分のコピーを作らせています。
コロナウイルスの遺伝子のうち約3分の2は、こうした“コピー工場”を作るために働いています。
そのため、感染してからウイルスが増えはじめるまでに時間がかかります。
コピー工場では、「ウイルス遺伝子のコピー」と「ウイルスタンパク質のコピー」が作られ、細胞内の袋(小胞体)の中にたくさんのウイルス粒子が出てきます。
ウイルス粒子が詰まった小胞体は細胞の表面に移動し、細胞膜とくっつき、小胞体の中にいたウイルス粒子は細胞の周囲の体液へと放出されます。
呼吸器の場合は、粘液の中に出ていきます。
このとき、ウイルス粒子は細胞膜と同じ脂質の膜を被っています。
この被膜は、脂質を溶かすエタノール(消毒用アルコール)や石鹸(ハンドソープなど)で簡単に破壊されてしまいます。
そのため、感染予防としてエタノールや石鹸などの使用がすすめられています。
咳やクシャミによって強い気流が生じると、ウイルス粒子が放出された体液が大きく波打って、ウイルスを含んだ体液の滴(飛沫)が舞い上がります。
体液中には、ウイルス粒子だけでなく、体液を構成するタンパク質やウイルスに感染した細胞のかけらが含まれていて、これらを含む飛沫が空気中に浮かんだものが「エアロゾル」です。
感染した細胞が剥がれたものを丸ごと含むような大きな水滴が生じる場合もありますが、そういうものは飛沫といってもエアロゾルにはなりません。
直径5マイクロメートル(1000分の5ミリメートル)以上の飛沫が感染者の口や鼻から出されたとしても、1.5~2メートルほど飛んだところで落下してしまいます。
では直径5マイクロメートル未満の小さなエアロゾルの場合は空気感染するのだろうか?
温度や湿度の条件が揃えば、飛沫の水分は蒸発して小さくなります。
直径5マイクロメートルより小さくなると、空気中に漂って遠くまで移動できることもあります。
この状態は「飛沫核」と呼ばれ、飛沫核によって飛沫核感染、いわゆる空気感染が起こります。
細胞そのものを含むような大きな飛沫は除きますが、飛沫も飛沫核もエアロゾル状態になります。
「エアロゾル感染」などという用語を使うと、飛沫感染も空気感染もごちゃ混ぜになってしまいます。
患者さんの痰を吸引したり人工呼吸器を取り扱ったりする場合は、エアロゾルが生じやすいので注意が必要ですし、肺炎を起こすような状態では、肺の奥のほうで細かい飛沫が生じる可能性もあります。
ただし、肺炎治療の現場など限られた状況での話のようで、日常生活で新型コロナウイルスの「エアロゾル感染」なるものを過剰に恐れる必要はないようです。
新型コロナウイルスは空気感染しないのか?
空気感染の可能性はほぼないと考えられています。
空気感染でよく知られている麻疹(はしか)と比べてみましょう。
麻疹ウイルスは、飛沫核の状態になっても1~2時間くらいは感染力を保つといわれています。
また、ひとつの感染細胞から出てくるウイルス粒子の数が極めて多いため、余分なものを含まない体液とウイルスだけの飛沫が増え、飛沫核ができやすいこともわかっています。
ウイルスはたったひとつ体内に入ってきたとしても感染は成立せず、ある程度まとまって体内に入ってくる必要があります。
麻疹の場合は、感染に必要なウイルスの数が少なく、少数のウイルス粒子を吸い込んだだけで感染することもあります。
それに対し、新型コロナウイルスの場合、少数のウイルス粒子が体外で長時間感染力を保つためには、感染細胞のかけらなども必要であることが報告されています。
つまり、小さな飛沫だと感染力を保ちにくいのです。
また、麻疹ウイルスほど、ひとつの感染細胞からウイルス粒子がたくさん出てくることもありません。
そのため、空気感染はほぼないだろうと考えられています。
もし空気感染が起こっているなら、ダイヤモンド・プリンセスでは瞬く間にみんなが感染していたでしょう。
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