「栃木SCレディース」青木春菜容疑者、俳優の伊藤健太郎容疑者
11月6日、歩行中の女性(55)を軽乗用車ではねて立ち去ったとして、道交法違反(ひき逃げ)の疑いで、女子サッカーチーム「栃木SCレディース」所属の会社員青木春菜容疑者(25)が逮捕されました。
青木春菜容疑者は「ぶつかったのは人ではないと思った」と容疑を一部否認してといいます。
青木容疑者は事故当時、同僚と別々の車で帰宅する途中で、帰宅後、車の損傷に気づいた同僚に促され、数十分後に現場に戻ったようです。
また少し前の10月29日には、俳優の伊藤健太郎容疑者(23)が自動車運転処罰法違反(過失傷害)と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕されています。
本日は、「ひき逃げ」、「救護義務違反」について掘り下げてお話ししていきますね。
2018年のひき逃げ発生件数は8357件
車を運転する限り交通事故は避けられませんが、「ひき逃げ」は人としての責任を問われます。
誰でも交通事故に遭う可能性はあります。
その場合に重要なのは被害者の救護と警察への連絡です。
自分は絶対に「ひき逃げなんてしない」と思っていても、「相手はケガをしていない」と勝手に思い込んでその場を立ち去るケースもあります。
「警察白書」によると、2018年のひき逃げ発生件数は8357件です。
飲酒運転の罰則強化などもあり、ピークは04年の2万283件で減少傾向ではありますが意外に多いと感じておられる方も少なくないのではないでしょうか。
ひき逃げは、車を運転していて人をひいてしまったけれども、救助せずに立ち去る行為です。
では、ひき逃げが法律上どんな犯罪に該当してしまうのでしょうか?
ひき逃げ・救護義務違反とは、ひき逃げで犯罪が成立するための構成要件とは?
「ひき逃げ」は、法律上、道路交通法上の救護義務違反といいます。
救護義務については、道路交通法の72条に規定があります。
『交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(略)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。』『「直ちに最寄りの警察署の警察官に(中略)当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない』出典:道路交通法72条
つまり、事故が起きたら直ちに救護と危険回避を行い、「119番」で救急車を要請。
また直ちに「110番」で警察に電話して事故が起きたことを報告しないといけません。
これを怠ると、「救護措置義務違反」(道交法117条2)に問われ、「10年以下の懲役または100万円以下の罰金」(時効は7年)。
さらに行政処分の違反点数が35点となり(他の違反でも加算される)、これだけで3年間、免許が取り消しとなります。
一方、「報告義務違反」(道交法119条10)は「3月以下の懲役または5万円以下の罰金」の罰則となります。
事故の過失責任は別として救護義務は生じますので、法律の規定通り、直ちに運転を停止して救護措置を行ってください。
また、いったん現場を離れても、戻ってくれば情状酌量されるケースもあります。
交通事故を起こしたときは、救護活動や危険回避活動をしなければならないということです。
これをせずに事故現場から離れてしまうと、救護義務違反となります。
ひき逃げ・救護義務違反の保護法益
「保護法益」という言葉を聞いたことはありますか?
法律は、ある特定の行為を規制することにより、一定の利益を保護・実現しようとしています。
保護法益とは、この法律が罰則を定めてまで守ろうとしているもののことです。
ひき逃げを罰することで、法律は何を守ろうとしているのでしょうか?
ひき逃げの保護法益は、人の生命・人の身体の安全及び交通の安全だと考えられます。
交通事故では、人の生命や身体の安全が害される可能性が高いです。
そして、事故が起きた場合、直ちに救護活動を行わなければ、人の生命や身体の安全が害される可能性が更に高くなります。
また、事故が起きた状況をそのままにしておくと、更なる事故を誘発する可能性もあります。
そのため、交通事故を起こした場合に救護義務が課せられているといえます。
道路交通法は、救護活動や危険回避活動をせずに救護義務違反をした人を罰することで、
・人の生命の安全
・人の身体の安全
・交通の安全
を保護しています。
ひき逃げ・救護義務違反の構成要件とは?
「構成要件」という言葉があります。
構成要件とは、犯罪が成立するための要件のことです。
ひき逃げの構成要件とは、道路交通法上の救護義務違反が成立するための要件という意味です。
構成要件該当性が認められると、精神障害で責任が認められない、などといった特別な事情がない限り、犯罪が成立します。
では「ひき逃げ」の場合、構成要件はどのように判断するのでしょうか?
ひき逃げは、
・交通事故があったときに
・運転者その他の乗務員が
・必要な措置を行わない
ことによって成立します。
「ひき逃げ」は、交通事故が起こり、負傷者が発生した場合に初めて成立するのです。
車は軽い衝突でも重いケガを負わせる危険性を有しているため、たとえ軽い事故であっても、負傷者の有無やその救護等の必要な措置を行わなければなりません。
また、「必要な措置」というのは、誠実なものが要求されており、窓から確認したり声を掛けたりするだけでは不十分とされます。
ひき逃げ、つまり道路交通法上の救護義務違反といえるかどうかについては、これらの要素を一つ一つ判断していきます。
ひき逃げ・救護義務違反における「交通事故」の意味とは?
交通事故とは、法律上、車両等の交通による人の死傷若しくは物の損壊をいいます。
ひき逃げになるのは、交通事故のうち「人の死傷があった場合」に限られます。
ここでいう車両等とは、
・自動車
・バイク
・原付軽車両
・トロリーバス
・路面電車
をいいます。
ここでいう交通とは、道路、すなわち歩道や路側帯をも含めた道路上における交通をいいます。
ですから、道路やその付近以外の場所で起きた事故は交通によるものとはいえません。
ひき逃げ・救護義務違反における「運転者その他の乗務員」の意味とは?
運転者その他の乗務員とは、法律上、当該交通事故の発生に関与した運転者や、運転者とともに責任を有する者とされています。
具体的には、
・事故を起こした運転手
・乗務員
・被害に遭った運転手
・乗務員
のことです。
必ずしも事故を起こした運転手に限定されていない点に、注意が必要です。
ひき逃げ・救護義務違反における「必要な措置」とは?
必要な措置は、たとえば、直ちに車を停止したうえで、
・現場で応急の手当てをする
・救急車を呼ぶ
などの措置をいいます。
被害者を道路脇に移動させただけで立ち去ってしまったら、必要な措置をとったとはいえません。
一見、怪我をしていないように見えたとしても、声を掛けただけで立ち去ってしまったら、必要な措置をとったという扱いにはならないでしょう。
というのも、交通事故というのは、一見軽い事故であっても、重いケガをする可能性があるものだからです。
ひき逃げ・救護義務違反における「故意」とは?
ひき逃げの成立には故意が必要です。
ひき逃げの故意は、法律的には、交通事故で人が負傷したと認識・認容していることです。
ひき逃げでは、「何かにぶつかったかもしれないが、人が負傷したとは知らなかった」という主張がされるケースがあります。
しかし、法律上は、「ぶつかったのが人かもしれない」と思っていたのであれば、故意があるものとして取り扱われます。
ひき逃げは、
・交通事故があったときに
・運転者その他の乗務員が
・必要な措置を行わない
ことによって成立しますが、これらに加え、故意が伴っていないといけなということですね。
ひき逃げと刑期、ひき逃げで救護義務違反になったら懲役は何年?
ひき逃げの刑罰の重さは、事故の状況によって異なるようです。
たとえば自分で事故を起こして、救護など必要な措置をとるのを怠った場合の刑罰については、以下の条文に書かれています。
『(略)人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。』出典:道路交通法117条2項
自分でひいてしまっておいて、救護せずに逃げ出した場合、
・10年以下の懲役
・100万円以下の罰金
のいずれかになります。
ひき逃げ・救護義務違反に執行猶予はつくのか?
ところで、執行猶予という言葉を聞いたことはありますか?
裁判で懲役刑や禁錮刑が言い渡されても、加害者に有利な事情が考慮されて執行猶予になれば、直ちに刑務所に行くことはありません。
執行猶予になったら、社会で普通に日常生活を送ることができるのです。
再び犯罪を犯した場合に限り、執行猶予が取り消されて刑務所に収監されます。
加害者にとっては、ありがたい制度ですよね。
執行猶予は、
・3年以下の懲役もしくは禁錮
・50万円以下の罰金
の場合につきます。
法定刑自体が「10年以下の懲役」等と重めであっても、最終的に言い渡される年数が3年以下になれば、執行猶予をつけることができるということですね。
ですので、ひき逃げ(救護義務違反)では、執行猶予がつく可能性があるのです。
ひき逃げで救護義務違反になったら懲役は何年?
人身事故を起こしたにもかかわらず、被害者を救護せずに逃げ出したひき逃げ事件で、懲役刑になるとしたら、
10年以下の懲役ということでした。
道路交通法の条文を見ると、「10年以下」としか書かれていませんが、最も短いと何年くらいになるのでしょうか?
ここで、懲役刑について定めた刑法12条を見てみましょう。
『懲役は、無期及び有期とし、有期懲役は、1月以上20年以下とする。』出典:刑法12条
条文には「1月」と書かれていますが、これは「1ヶ月」のことです。
つまり有期懲役は、原則として最低1ヶ月、最長20年なんですね。
ですからひき逃げで懲役刑になった場合、1ヶ月以上10年以下の懲役ということです。
条文にはいちいち「○年以上」とは書かれていませんが、懲役刑の下限は1ヶ月ということでした。
ひき逃げ・救護義務違反の初犯の刑罰はどれくらい?
ひき逃げの刑罰の幅は随分広いですね。
懲役だったら、原則として最低1ヶ月、最長10年ということですが、初犯の刑罰はどれくらいなのでしょうか?
ひき逃げについて、交通事故の被害者を放置することには生命や身体に重大な危険が伴うことから、重い刑罰が定められています。
ひき逃げの初犯の刑罰は、被害者の状況によって大きく変わるようです。
被害者のケガの程度が軽く、後遺症も残らなかったという場合だと、懲役6ヶ月程度となるケースもあったり、被害者が重い後遺症を負ったり死亡したりといった場合、初犯でも懲役実刑になるケースがあります。
初犯でも、被害者の怪我の程度によっては懲役実刑になる可能性もあるんですね。
誤解されがちですが、救護義務に関しては被害者か加害者かは関係ありません。
仮に暴走族のオートバイが明らかに一方的な過失で、停車中の自分の車にぶつかって負傷した場合でも、“自業自得”とその場を立ち去ればやはり自分のひき逃げになります。
救護活動はすべての運転者の義務だからで、この場合の罰則は「5年以下の懲役または50万円以下の罰金」です。
そして事故はあくまで過失だが、負傷した人を見捨てて逃げる行為は明らかに意図的な犯罪行為であり罰則が重くなり、救護義務違反の罪と過失運転致死傷などの罪と併合され、重い方の1・5倍が適用されます。
今回の伊藤健太郎さんの場合は、過去にも交通事故を起こしていたこともあり起訴される公算が高いと言われています。
ひき逃げをしてしまったら、記憶をたどり正確に事故の経緯を話し、反省や謝罪の方法としては、反省文を書いたり、両親らの『しっかり監督します』といった内容の上申書を提出します。
被害者への損害賠償(民事)は自動車保険で払われますが、相手側との示談の有無がその後の刑事裁判にも影響してきます。
ひき逃げの場合、他の交通事故より示談金が増額される傾向にあります。
更に、こんなケースでも「ひき逃げ」に該当することがあるようです。
▽ケース1
国道135号で、乗用車が前を走行していた観光バスを強引に追い抜いた際、バス運転者が急ブレーキを踏み、乗客の1人が骨折するなど3人が重軽傷を負った。乗用車はそのまま逃走していたが、約3週間後、バスのドライブレコーダー映像などから運転していた男性は「ひき逃げ」容疑で逮捕されました。
▽ケース2
生活道路で5歳の幼稚園児に軽ワゴン車が接触、園児は転倒して後ろの子どもにぶつかり、後ろの子がまぶたを切るなど軽傷を負った。運転者の会社員男性はそのまま受注先への納品を済ませて、約10分後に現場に戻ったが、駆けつけた警察に「ひき逃げ」容疑で逮捕される。
▽ケース3
自転車を運転していた派遣社員男性が、同じく自転車を運転していた会社員男性とぶつかりそうになり、相手が転倒して重傷を負っていた。自転車同士の接触は確認されなかったが、ひき逃げ容疑で逮捕されました。
▽ケース4
小学1年の児童をはね、打撲などの軽傷を負わせたとしてパート女性がひき逃げ容疑で逮捕されましたが、女性は「大丈夫?」と声をかけ、「男の子が大丈夫と答えたので立ち去った」と答えていました。
◇ ◇ ◇
救護義務違反に問われた事例では、接触や衝突は関係ありません。
歩行者がびっくりした拍子に倒れてケガをした場合、そのまま現場を立ち去れば該当する可能性もあります。
また田舎道では「動物をひいたかも」「倒木のようなものを踏んだ?」といったケースも少なくありませんが、もしそれが人だったら……。
ひき逃げは“故意”であるかが重要ですが、何かにぶつかったら必ず車を降りて確認する必要があるかもしれません。
題目の『何m逃げたら「ひき逃げ」になるのか?』の答えは距離は関係がないということです。
実際に気が付いていなければ、「ひき逃げ」にも「当て逃げ」にもなりません。
逃げる意志と行為があれば距離は関係ありません。
つまり「ひき逃げ」とは、事故現場から何メートル以上離れたから、あるいは何秒間以上戻らなかったらひき逃げにあたる――というものではないということです。
また接触や衝突に関係なく、怪我人がいるにもかかわらずその場から去ってしまえば救護義務違反に問われる可能性があるということです。
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